はじめに伝えておきたいのは「保険選びに正解はない」ということだ。
筆者も、最初は「がん保険なんて不要」「所得補償保険で十分」「高額療養費制度を使えばだいたい事足りるだろう」と思っていた。しかし、調べれば調べるほど、リスクの種はいくらでも落ちていることに気が付いた。
保険の選び方は
「リスクを想定→掛かる金額を算出→社会保障制度を検討→足りない分を保険でカバー」
この流れが一般的だ。これが最適な保険の選び方であり、結果的に保険料の節約になると筆者も考えている。
しかし、「想定されるリスク」に限界はないし、悪く考えればいくらでも保障が必要になる、つまり良くも悪くも保険はいくらあっても足りないのだ。
そのため、本記事では、保険選びに必要な考え方を紹介するとともに、具体例として「がん」を挙げ、必要性を検討するにとどめる。
それ以上を語ろうとすると
「この保険に入っておけば間違いない!」
と喧伝する、非常に無責任なメディアになりかねないからだ。
読者の期待には、もしかしたら応えられないかもしれないが、そこから先は読者自身で選んでいってほしい。ここで得た考え方をもって、ネット保険、保険代理店、保険営業マンと戦っていってほしい。
騙されないための材料は筆者が代わりにリサーチする。本記事ではそれを期待してもらいたい。
保険を選ぶ際の考え方
では、さっそく記事に入っていく。
まず紹介したいのは保険を選ぶ際の考え方だ。
流れとしては
リスクを想定→掛かる金額を算出→社会保障制度を検討→足りない分を保険でカバー
がいいだろう。
備えるべきリスクを検討し、それが起きる可能性、対応に掛かる期間・費用、受けられる社会保障制度まで把握したうえで、そのあとに保険を検討するべきだ。
では
リスクを想定→掛かる金額を算出→社会保障制度を検討→足りない分を保険でカバー
を「がん」を具体例にして、解説していこう。
がんのリスクを想定
がんのリスクは
- がんの罹患率
- がんの入院期間・復職までの期間
にわけて紹介する。
「がん」になる確率と期間は?
がんの罹患率
まずはがんの罹患率についてだ。
国立がん研究センターによると、がんの生涯罹患リスクは
- 男性:65.5%
- 女性:50.2%
だ。
この数字を見ると「2人に1人はがんになる」と言われても納得できる。
しかし、現在20歳の人の、将来のがん罹患リスクをみていくと、
- 10年後 ‐ 男:0.3%、女:0.4%
- 20年後 ‐ 男:0.9%、女:2.0%
- 30年後 ‐ 男:2.5%、女:6.0%
- 40年後 ‐ 男:7.6%、女:12.2%
- 50年後 ‐ 男:21.8%、女:21.1%
- 60年後 ‐ 男:43.6%、女:32.7%
となっている。
これは、いま20歳の人が、
- 60歳まで(40年後)にがんにかかる確率が、男:7.6%、女:12.2%
- 80歳まで(60年後)にがんにかかる確率が、男:43.6%、女:32.7%
など
という意味だ。
生涯罹患リスクでみれば半分を超えているのに、平均寿命に限りなく近づく”80歳まで”と区切ると3~4割にまで減り、現役世代に限ってみれば1~2割にまで減った。
もちろん1~4割の人ががんになるというのは、決して低い数字ではないが、恐れるべきリスクは正確に見ていかなければならない。
がんの治療期間 入院と通院
次に、がんの治療期間についてだが、がんは”完治”を目指すと必ず5年かかる。
これは、”完治”の判断は「5年生存率」で見ることが多いからだ。手術や治療を行い、5年間生存し、かつ再発しなければ、がんは”完治”と多くの場合で判断される。
しかし、5年間ずっと治療を続ける、かといったらそうではないし、5年間寝たきりになるわけでもない。
以下にがんの入院期間、および職場復帰までの目安期間のデータを紹介しよう。
がんの入院期間の平均は、厚生労働省の「平成29年(2017)患者調査の概況」によると
- 悪性新生物:17.1日
- 胃の悪性新生物:19.2日
- 結腸及び直腸の悪性新生物:15.7日
- 肝及び肝内胆管の悪性新生物: 16.9日
- 気管,気管支及び肺の悪性新生物:16.3日
- 乳房の悪性新生物:11.5日
(編集注:悪性新生物はがんのこと)
となっている。
つまり、上記いずれのがんにしても、入院はおおむね2~3週間といったところだ。
そして、職場復帰についてだが、順天堂大学医学部公衆衛生学講座 准教授の遠藤源樹氏による「がん治療と就労のエビデンスブック」によると、
「時短勤務ができるまで要した療養日数の中央値」 ‐ 全体:80日、胃がん:62日、乳がん:91日
「フルタイム勤務ができるまで要した療養日数の中央値」 ‐ 全体:201日、胃がん:124日、乳がん:209日
だ。(引用:順天堂大学医学部公衆衛生学講座 准教授 遠藤 源樹 がん治療と就労のエビデンスブック p12)
つまり、パートタイム・時短などで働き始めるには3か月弱、フルタイム復帰の場合には4~7か月ほどが目安となるようだ。
まとめると、がんの治療は
- 完治には5年間かかる
- 一方で、入院は2~3週間が平均
- 職場復帰はパートタイムで3か月弱、フルタイムで4~7か月ほどが中央値
となる。
掛かる金額を算出
では次に、がんに掛かる金額を算出してみよう。
がん治療にかかる医療費
まずは国民健康保険や、公的保障がない場合のデータを紹介するが、「神奈川県立がんセンター 重粒子線治療施設【i-ROCK】神奈川県立がんセンター」のページの1例だと、
公的医療保険適用になる疾患
237万5千円※
頭頸部悪性腫瘍(口腔・咽喉頭の扁平上皮癌を除く)
手術による根治的な治療法が困難である限局性の骨軟部腫瘍160万円※
限局性及び局所進行性前立腺癌※自己負担割合は0~3割 高額療養費制度利用可
となっていた。
しかし、多くの人は国民健康保険・全国健康保険協会に加入しているため、ここから3割となり、
48万円~71万円
の自己負担が予想される。
さらに入院費や検査費用、治療の長期化などを加味すると、100万円を超えるぐらいかと想像できる。
がんに対する社会保障制度
ここまでで、保険の選び方(リスクを想定→掛かる金額を算出→社会保障制度を検討→足りない分を保険でカバー)における、
「リスクを想定→掛かる金額を算出→」
を紹介してきた。
次のステップとして、
「社会保障制度を検討→」
を紹介したい。
結論から言うと、がんになった際には、
- 高額療養費制度
- 傷病手当金
という社会保障制度が受けられる。
「高額療養費制度」とは、健康保険の3割負担をしてもらったうえで、さらに収入に応じて1か月の医療費の上限が設けられ、それを超えた部分を健康保険が負担してくれる制度のこと。
詳細は別途記事にする予定だが、上限目安は以下の表のとおり。
月額35,400円~10万円ほどに収まると考えればいいだろう。
所得区分 | 自己負担限度額(円) |
~ | ~ |
年収約370~約770万円 健保:標報28万~50万円 国保:年間所得210万~600万円 | 80,100+ (医療費-267,000)×1% <多数回該当:44,400> |
~年収約370万円 健保:標報26万円以下 国保:年間所得210万円以下 | 57,600 <多数回該当:44,400> |
住民税非課税者 | 35,400 <多数回該当:24,600> |
「健保」とは、公務員・会社員が加入している健康保険のこと。
「国保」とは、パートタイム、自営業の人が加入している健康保険のこと。
「標報」とは、標準報酬月額のこと、おおよそ給料や残業代、交通費など含む金額の月平均(年3回以内のボーナスは除外)。
「多数回該当」とは、「直近の12か月間に、既に3回以上高額療養費の支給を受けている場合」のこと。
もしかしたら「この制度があれば、うえで言ってた治療費よりも、もっと安くなるんじゃないの!?」と思った読者もいるかもしれない。
しかし日本医療政策機構の市民医療協議会が行った「患者が求めるがん対策 vol.2 ~がん患者意識調査 2010年~」で、がん治療において自己負担となった金額は
平均:115万円
だそうだ(厳密には「1年間で掛かった費用の平均」)。
この数字は、
がん治療やその後遺症軽減のために支払った費用はおよそいくらですか。もっとも費用のかかった 1 年間(1~12 月)の合計額について分かる範囲でお答えください。なお、高額療養費制度などを利用し医療費の払い戻しがあった場合には、それを差し引いた額(結果的に自己負担となった額)を記入してください。
という設問にて、合計1446人の回答をもとに算出されたもの。
回答数が最も多い金額は、無回答を除き順番に
- 100~150万円:170人
- 30~40 万円:119人
- 50~60 万円:109人
となっている。
参考:日本医療政策機構 市民医療協議会 「患者が求めるがん対策 vol.2 ~がん患者意識調査 2010年~」
つまり、いずれにせよ100万円ほどを自己負担しなければならない可能性は、一定程度あるということだ。
もう一つの社会保障である「傷病手当金」とは、会社員や公務員などが加入する健康保険(健保)から出る、病気やケガによる休業補償のことだ(健保に加入していないことが多いパートタイマーや、自営業者はもらえない)。
要件は以下、
- 業務外の事由による病気やケガの療養のための休業であること
- 仕事に就くことができないこと
- 連続する3日間を含み4日以上仕事に就けなかったこと
- 休業した期間について給与の支払いがないこと
で、もらえる金額は標準報酬月額の2/3。1日あたりであれば、それを30日で割った金額となる。
期間は最長で1年6か月となる。
標準報酬月額は、おおよそ給料や残業代、交通費など含む金額の月平均(年3回以内のボーナスは除外)。
参考:全国健康保険協会 病気やケガで会社を休んだとき(傷病手当金)
「足りない分を保険でカバー」だがその必要性は?
ここまでをまとめると、
- がんの生涯罹患リスクは半分超、”80歳まで”と区切ると3~4割、現役世代は1~2割
- がんの入院はおおむね2~3週間
- 復職は、パートタイムには3か月弱、フルタイムには7か月ほどが中央値。”完治”を目指すと5年かかる
- がん治療において自己負担となった金額は1年間で、平均115万円
となった。
これらを保険でカバーし、かつ
- 受けられる社会保障は高額療養費制度、傷病手当金
を有効に活用できれば、生活に困窮する可能性をある程度減らせたことになる。
しかし、これは逆を言えば、
- 貯金が「115万円+年間生活費」×5年分 ある
という場合や、最低でも
- (115万円/12ヵ月=約10万円)×7か月分を払える
- 傷病手当金による2/3の休業給付でも7か月生活できる
という場合であれば、がんに対する保険の必要性は低くなる。
なぜなら、治療費や治療期間中の生活費を貯金ですべてまかなえれば、保障を受ける必要はないし、少なくとも職場復帰までの期間だけでも貯金でカバーできれば、生活に困窮することもなくなる。
さらに、がんの罹患リスクは、
- 生涯では男:65.5%、女:50.2%
- 80歳までで男:43.6%、女:32.7%
と少し高いが、
- 70歳までで男:21.8%、女:21.1%
- 60歳までで男:7.6%、女:12.2%
と、若くなるにつれて低くなる。
若年での罹患リスクが低いにも関わらず、早々に手元のお金を「保険料」に充てるのが、正しい選択かどうかは考えなければならない。
罹患リスクの上がる60歳以降においても、65歳になれば年金生活にもなるであろうが、そのときには生活費の心配は減る。治療費だけであれば、いまからコツコツ貯金しておけば払えない金額でもないはずだ。
ただし、若いうちから保険に入ることで、
- 月々の保険料を少なくでき、負担感を減らせる(保険ごとに異なるが、総額は若年加入でも高齢加入でもあまり変わらない場合もある)
- 若いうちからリスクに備えられる
というメリットもある。
ここも加味しなければならない点だ。
ーーこのように、保険選びは
リスクを想定→掛かる金額を算出→社会保障制度を検討→足りない分を保険でカバー
の考え方でいけば、その必要性を問うところまで検討ができる。
今回の「がん」の例でいえば、ここまでを承知の上で”不安だから保険に入る”というのであれば、なんの問題もないだろう。おそらく不要な保障をつけることもなくなり、保険料を最低限に抑えての加入もできるはずだ。
しかし、「病気・ケガ」だけを見ても、リスクの種はいくらでもある。どこまでをカバーするかは、まさに自分次第としかいいようがないのだ。
病気・ケガで備えるべきリスクは「がん」に限らない。
三大疾病である脳卒中、心筋梗塞。八大疾病で含まれる高血圧症、糖尿病、慢性腎不全、肝硬変、慢性すい炎、ほか女性であれば妊娠・出産のリスクもあるほか、日常のなかで起こった骨折やじん帯損傷などのケガもリスクに挙げられる。
これらをトータルでカバーしてくれる保険なら、「若いうちからリスクに備えられる」というメリットもより享受できるだろうが、いずれにしてもその状態に陥るリスクを把握することが先決だ。